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    【AWS re:Invent 2025】セッションレポート_組織としてのマルチクラウド戦略考えてみた①【SNR204】

    こんにちは小山です。
    re:Inventブログ2本目はセッションレポです。
    セッションを要約しつつ個人的な考えを載せていますので本編の内容のみ知りたい方や細かいニュアンスそのままに知りたい方は、 以下リンクをご使用ください。

    youtu.be

    はじめに

    クラウド利用が当たり前になった今、
    「どのクラウドをメインに選ぶべきか?」
    「そもそもマルチクラウドは必要なのか?」
    という質問は、技術選定の中でもとても大事なテーマです。
    「ベンダーロックイン回避」「可用性向上」「最適なサービス選択」
    こうした理由からマルチクラウドは魅力的に語られがちですが、
    実際には多くの組織で“目的なき複雑化”を招いてしまっています

    本記事では、AWS re:Invent セッションの内容をまとめ、それぞれの内容を考察します。
    その後、次回出す記事でマルチクラウドを“やるべきか否か”ではなく、“いつ・どこで・どこまでやるべきか”
    という観点で整理したいと思います。
    長丁場となりますがお付き合いいただけますと幸いです。

    マルチクラウドが選ばれる代表的な動機

    セッション中、マルチクラウド導入の動機を次のように大項目4つ、中項目7つに整理していました。
    動機としては正しそうに聞こえるなと思いつつ、それがマルチクラウド導入をしなければ解決できない課題なのかはとても気になりました。

    1. リスク分散・レジリエンス

    • 特定クラウド障害への備え
    • 地政学リスク・契約リスクの回避

    2. ベンダーロックイン回避

    • 価格交渉力の確保
    • 特定API・独自仕様への過度な依存回避

    3. クラウドごとの強みの活用

    • AI、分析、SaaS連携など分野特化サービスの利用

    4. 組織・歴史的背景

    • M&A によるクラウド混在
    • 部門単位での独立した意思決定

    重要なのは、これらは導入動機であって、成功を保証する条件ではないという点です。
    ここで成功の条件って何だろう、と考えましたがそちらについては次回のブログで詳細を書こうと思います。

    マルチクラウドの本当のコスト

    このセッションでは、マルチクラウドの最大のコストは、インフラ料金そのものではなく、
    運用・人材・意思決定の複雑性が最も大きな負債であると言っています。

    代表的な運用負債

    • IAM、ネットワーク、監視、ログ設計の二重化
    • セキュリティポリシー統制の難易度上昇
    • SRE / Platform チームの学習・保守コスト増大
    • 障害発生時の責任分界点の曖昧さ

    特に、アクティブ・アクティブ構成を複数クラウドで実現する設計は、
    技術難易度・運用コストともに非常に高く、ROIが合わないケースが多いです。
    クラウド人材が不足している状態でマルチクラウドに精通している人材を確保することの難しさや、
    管理範囲が広がることによるミスの発生率の上昇は、考えるまでもありません。
    クラウドコストに目が行きがちですが、作業コストや人件費といったコストがはるかに大きくなってしまうのは本末転倒といえます。


    よくある失敗パターン

    また、セッションで示唆されている典型的な失敗例は以下の通りです。

    • 「将来のため」に初期段階からマルチクラウド前提で設計する
    • 共通IaCや抽象化レイヤの構築が目的化する
    • クラウド差分を吸収するために、各クラウドの強みを捨ててしまう
    • 組織や運用成熟度を考慮せず導入する

    マルチクラウドは技術戦略であると同時に、組織戦略であるという認識が欠けると失敗しやすいです。
    組織戦略という言葉になじみがないので、筆者の見解を交えた解説となります。
    マルチクラウドを採用することで、組織の在り方が以下の理由により変化するため、技術戦略であると同時に組織戦略になると考えられます。

    • 人材・スキル戦略の変化
      単一のクラウド人材では不足が発生するため、採用や教育戦略が変わる
    • 権限・ガバナンス設計の変化
      クラウドごとにセキュリティの思想が異なるため権限管理や監査の統一が困難 組織のガバナンス設計が必要となる
    • 意思決定プロセスの変化
      技術選定が経営・組織設計の議題となる

    そのため、マルチクラウドの成功可否は組織の成熟度に依存していると言えます。


    推奨されるアーキテクチャ

    このセッションが提示する現実的な結論は、

    まずは シングルクラウド を前提に最適化し、
    明確な理由がある部分のみをマルチクラウド化する

    というものになります。
    このあたりはアプリケーションのアーキテクチャにも通じる箇所がありますね。

    実践的な考え方

    • メインクラウドを1つ定める
    • 運用、設計、人材育成の中心をそこに集約する
    • 以下のような領域のみ例外的にマルチ化する
      • SaaS の利用
      • DR(災害対策)
      • 法規制・データ主権対応
      • 特定ワークロード(AI/ML 等)

    これにより、複雑性を制御可能な範囲に閉じ込めることができます。
    ではメインクラウドの選定基準についても別記事で書かせていただきたいと思います。
    「選択」と「集中」、例外を作るなら領域を絞るのが大事だと学びました。

    おわりに

    マルチクラウドは 目的・組織・スキル・コストを冷静に見極めた上で選ぶ「選択肢の一つ」であり、組織戦略として意思ある決定が必要です。
    そのため目的と手段を間違えた瞬間から失敗が決定してしまいます。

    「技術的にできるか」ではなく、
    「やる意味があるか」「やり続けられるか」
    これを問い続けることが、クラウド戦略における最重要ポイントです。

    次回記事では、各クラウドの強みに着目した組織ごとのメインクラウド選定とマルチクラウドの成功パターンの考察について書こうと思います。

    執筆者:小山
    AWSメインのクラウドエンジニア
    旅と海が好きなバックパッカー