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【re:Invent 2023レポート】ITガバナンスの重要性

はじめに

クラウド事業推進部の望月です。NRIネットコムでクラウドエンジニアをしています。
AWS re:Invent 2023に参加させていただきました。私にとっては初めてのre:Invent、初めてのアメリカでした。
(10時間近く飛行機に乗るのが嫌で嫌で、行く前はテンションもモチベーションもゼロを通り越してマイナスだったものの、)世界最大級のITイベントの活気と、観光地としても賑やかなラスベガスの魅力に触れることができ、有意義な経験となりました。
なお、大金を持って帰国する予定でしたが、カジノの戦績は。。うん。。

今回のイベントでは、特に生成AIを含むAI系のサービスが注目を集めました。こちらについては既に多くの記事があり皆さんもご存じかと思います。
このような新しい技術に興奮しつつも、いくつかのセッションを通じて感じたのは「技術の進化とともにITガバナンスの重要性が一層浮き彫りになっている」ということです。
最新技術の恩恵を最大限に引き出すためには、組織内での適切なガバナンスが欠かせません。
re:Inventへの参加は、ITガバナンスに焦点を当て、その重要性を改めて考えるきっかけとなりました。
そこで、参加したセッションを要約するとともに、私が感じたことについて当記事に整理したいと思います。

ITガバナンスとは?

ITガバナンスの重要性を感じたと書きましたが、そもそもITガバナンスが何なのかを理解できていなかったので、私なりにまとめてみます。
経済産業省のシステム管理基準(令和5年度)によれば、ITガバナンスは下記のように定義されています。

IT ガバナンスとは、組織体のガバナンスの構成要素で、取締役会等がステー クホルダーのニーズに基づき、組織体の価値及び組織体への信頼を向上させるために、組織体における IT システムの利活用のあるべき姿を示すIT戦略と方針の策定及びその実現のための活動である

なんのこっちゃ・・という感じですが、要するに、
「組織体=企業」の価値と信頼をステークホルダーに示すための「IT戦略=ITを活用した経営戦略とビジネスモデル」の方針決めと実現に向けた"活動"である
ということになります。

私は、ITガバナンス=企業で定めたIT利活用のルールを指すものと理解していましたが、どうやらこれは勘違いのようです。正しくはIT戦略の方針策定と実現に向けた"活動"であると。

では、具体的にどのような活動かについてですが、IT戦略の策定におけるガバナンス活動の例として同資料内で次のように記載されています。

IT ガバナンス方針では、次の事項を明確にする。
①ビジネス成果の実現と結び付けられたIT戦略の達成目標の設定
②ITガバナンスの体制、責任及び権限
③IT投資の方針
④IT資源の調達とIT人材の育成・確保に関する方針
⑤ITシステムの利活用に関わるリスク評価(サイバーセキュリティリスク評価を含む)に基づく IT リスクマネジメントの方針
⑥データ利活用の役割と意思決定に関する方針
⑦新しいソリューションや新技術の定期的な影響評価に基づく、技術の陳腐化等に対処するための方向性

経営層でもなく、組織の意思決定権を持つわけでもない、"いちクラウドエンジニア"視点で翻訳すると、
①IT技術を用いて企業の利益を最大化するための戦略を考え、
②その実現に向けた組織作りと責任範囲を明確にし、
③コストおよび費用対効果を常に意識して、
④IT資源の調達と適切な人材確保を行い、
⑤各サービスやシステム利用におけるリスク評価およびセキュリティ方針を詳細に明文化し、
⑥データドリブンな改善を図るためのデータ収集と、各データに対する所有者および責任者を整理し、
⑦新規技術やソリューションを積極的に取り入れて負の遺産を残さない
ようにすることで、「組織体の価値及び組織体への信頼の向上」を加速することが可能である、ということになると思います。
そして、それぞれで取り決めた方針や施策が適切に実現されているのかを監視し、必要に応じて改善を繰り返すことがITガバナンス活動の全容であるといえるでしょう。

目まぐるしく進歩するクラウドサービスの利活用において、意思決定の速度とリスクヘッジという観点から、ITガバナンスの重要性はより一層増していくことでしょう。

セッションの振り返り

それでは、参加したいくつかのセッションの中から2つを紹介させていただきます。

(MFG104) From machine to digital services: Equipment as a service

Description

Heidelberger Druckmaschinen, a leader in industrial printing for over 150 years, is pioneering the transition to service-oriented business models with new equipment-as-a-service offerings for their customers. In this session, learn how they built cloud-native solutions on AWS that connected 10,000+ machines globally in only 14 months, providing new data-driven services to their customers. Hear how modernizing from on-premises software to the cloud, a serverless-first strategy, and an AI-enabled future roadmap are driving faster software delivery for Heidelberger Druckmaschinen—helping their customers reduce overall cost of operations with a completely digitalized order life cycle and improved machine efficiency.

当セッションはHeidelberger Druckmaschinen社というドイツの産業用印刷機メーカーが、自社のサブスクリプションサービスを活性化するためにAWSをどう活用したのかというストーリー形式で語られます。
要約すると下記の通りです。

  • Heidelberger社は印刷機器の提供にサブスクリプションモデルを導入している
  • 印刷機はスマート・マニュファクチャリング化、IoT化しており各種データをクラウドに送ることができる
  • 単なる印刷機の提供だけではなく、様々なソリューションを展開することで顧客の生産性を高めている
    • ex) ERPとの統合など、顧客が主要KPIを確認しながら課金の意思決定を実現できるソリューション
    • ex) Connectと呼ばれる印刷工場のプロセス自動化ソリューション
  • 長年に亘り異なるソリューションを成長させた結果としてデータがサイロ化されており、より優れたサービスの開発にはデータ統合および分析が必要不可欠であり、AWSの利用を決定した
    • 顧客によってはデータ統合を許さないケースもあり、その重要性を顧客に納得させるのにとても苦労した
    • クラウド上でソリューションを展開する場合はSaaSプロバイダーになるため、サービス提供に向けてデータの安全な取り込みとデバイス管理についてセキュリティ面から整備する必要があった
    • 技術的にはAWS IoT Coreを中心にMQTT、Lambda、DynamoDBを活用している
    • ほぼリアルタイムでのデータおよびファイルアップロードを可能とし、サポート部門がダッシュボード上で素早く分析可能な状態としている
    • リモートサポートを目的にサードパーティのVNCクライアントを統合し、リモートアクセスソリューションも提供している
  • リアルタイムでのデータ収集ができるようになったことから、アジリティの重要性が強調され、フィードバックの迅速な取り込みと市場投入までの時間が重要視されるようになった
    • DevOpsやDevSecFinOpsチームを設立し、現在これに取り組んでいる
  • 企業のデジタル変革においては経営層の支援と利害関係者の協力が必要不可欠であり、開発に際して組織を根本的に変革した
    • 約20に及ぶチームがルールに基づいて垂直に編成され、各プロダクトとサービス提供範囲についての責任を明確化した
    • 組織変革においては、組織や経営陣の柔軟な判断が必要不可欠であった

セッション参加時に写真を撮ったので掲載しておきます。

データ統合に対するリスク評価と重要性評価、SaaSサービス展開時のデータの取り扱いとデバイス管理、組織変革と責任分界点の明確化などは、ITガバナンス活動の一例といえるでしょう。
そして、要約を読んでいただくと分かる通り、Heidelberger Druckmaschinen社のビジネス成功においては、技術的要素よりもリスクの許容範囲やそれに耐え得る組織改革といったガバナンス的側面が重要であったといえます。

(MKT202) Gain visibility into your software spend with AWS Marketplace

Description

Cloud computing has changed the way organizations think about IT spend optimization. In this session, learn how AWS Marketplace can be central part of an organization's FinOps strategy by helping establish guardrails, improve cloud procurement efficiency, and reduce on-premises stranded IT costs at every stage of their cloud journey. Discover how AWS Marketplace can help you gain greater cost insights, leverage budget alerts, and support spend consolidation and optimization with flexible pricing and consumption models.

当セッションはHSBC社のNatalie Daley氏がFinOps戦略におけるAWS Marketplaceの積極的な活用について解説するというものでした。
こちらも同様に下記に要約します。

  • 組織はコスト管理に関する一元化されたガバナンスフレームワークを持つ必要がある
  • AWS Marketplaceの積極的な活用は組織のFinOps戦略において中心的な役割を果たす
  • AWS Marketplaceはクラウド資産調達における効率向上とコスト削減を支援する
  • 柔軟な価格設定と請求モデルにより、AWS Marketplaceは支出の最適化をサポートする
  • クラウドの台頭により組織のIT支出に対する最適化のアプローチが変化している
    • クラウド移行が結果としてコストの増加をもたらす可能性もあり、その評価と管理が課題となっている
  • 財務管理においてクラウドサービスを使用する組織は、予算管理および支出監理という点において効率化を実現している
  • 組織はリスクとコストに機敏になる必要があり、組織で定めたガードレールの範囲内で自由に意思決定できることが重要である
    • AWS Marketplaceはコストとリスク、そして機敏性のバランスが考慮できており、組織が柔軟に活用できるよう工夫されている
    • クラウド利用者は、CostExplorerを通じてコストを可視化するとともにその変化に柔軟に対応する必要がある

分かりやすく"ガバナンス"というワードを使用しており、企業におけるコスト管理とAWS Marketplaceを活用したFinOps戦略について述べていました。
またDaley氏は、AWSだけではなくマルチクラウド/ハイブリットクラウド戦略におけるコスト削減と、そこにAWS Marketplaceがどのように活きてくるかについても解説していました。詳細については割愛します。

コストとリスクに関するガードレールを定め、利用者および開発者はその範囲内で自由に意思決定できることが重要である、という点が特に印象に残っています。
これはつまり、意思決定の速度について言及しているものと理解しています。
明確なルールを設けずに意思決定が長引くということは、結果として意思決定コストを増大させることに繋がるため、ガードレールを定めるというITガバナンス活動の重要性が分かるでしょう。

まとめ

AWS re:Invent 2023のセッションを聴いて、ITガバナンスの重要性について改めて認識しました。
正直なところ、このようなルールの明確化や統制については日本特有のものと考えていましたが、むしろ海外の方が進んでいる、積極的であることに驚きました。

各種クラウドサービスの台頭により、その重要性は増しています。
我々のようなSIerも、単にシステム開発やソリューションを提供するのではなく、顧客のガバナンス活動やセキュリティポリシーをより一層意識する必要があるでしょう。

執筆者:望月拓矢

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