本記事は
Designers Week 2022春 1日目の記事です。
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こんにちは。NRIネットコムでUXデザイナーとして日夜事実に基づいた空想に励んでいる長田和之です。
何故いきなり「ビジネスに役立つデザイン(下)」と銘打っているのか釈然としない読者の方もいるかと思いますが、当社のサイトリニューアル前のコラムページで上・中まで書き上げた後、クライアントワークに没頭している間にサイトが刷新されてコラムページが無くなっていたというのが事の次第となります。
心機一転ブログに引っ越しをしまして、これまでよりはライトに取り組めるという事で新たな気分でおりますが、過去コラムも(一応)このブログに転載されていますので、頭から読まないと気が済まない!という方は過去記事も読んでいただけると嬉しいです。
はじめに
前回コラムでは人間中心設計(Human Centered Design、以下HCD)についてお伝えするとともに、そのプロセスに則ることで期待できる効果について書かせて頂きました。
調査・分析といった工程をプロジェクトに組み込む事が、成果を導き出す為には近道であるという形で締めました。
そして今回はUXデザインを行うプロセスについて、私なりに考えている事を書こうと思います。
環境と共に変化する
HCDで定義される原則のうちの一つに、「UX(User Experience:ユーザーの体験)を良くする事に取り組む」というものがあります。
HCDでは対象となる人のサービス利用の状況を把握して、明示する事をステップの一つとしていますが、これを平易に言ってしまえば、その人がどういった経緯で現在の状況にあるのかを知ろうという事になります。
ものづくりをする上で、ターゲットとされる人の今に至った経緯に目を向ける事で、これからどのように未来を変えて行くかというヴィジョンを描く為に必要なステップとなります。
もし、人間中心の「人間」という言葉にしっくりこない方がいれば「ユーザー」や「顧客」と脳内変換して頂ければと思いますが、HCDはその顧客を中心に据え、より良い体験を提供できるよう計画(Design)して行こうというプロセスになります。
そう聞くと、顧客の事を考えたものづくりなんて、自分達はもうやっているよと言われる方も多いかと思いますが、本当にそうなのか、ちょっと立ち止まり振り返ってみてください。
これまであなたのイメージの中に居た顧客は、提供者である企業の理屈や、個々人の思い込みで形成された、とても都合の良い顧客になっていなかったでしょうか。
これまであなたが携わって来たプロジェクトでも、ターゲットとして考えていた顧客は、そのサービスを選択する事が前提になっていたりした事は無いでしょうか。
そして実際に顧客があなたの想定通りにサービスを選択し、利用し満足してくれたのであれば、そのプロジェクトの成果はとても良いものであったという実績となって残っているのでしょうか。
いやいや、都合良く思い込みでつくられた顧客だけでなく、業務を通じて長く顧客を見てきた実績、経験もあるよと言われる向きもあるかも知れません。
もちろん多くの時間を掛けて得た知見はプロジェクトを推進する上でとても大きな価値を持っていると、1デザイナーである私自身も日頃感じる事が多いです。また実際にそれらを活用しながらものづくりもしています。長い時間をかけて自身に蓄積された知見は唯一無二のものである事は疑い様が無いでしょう。
ですが一方で、顧客を取り巻く環境は今も技術的な進歩によって日々目まぐるしく変化し、ネットワークを介した伝達スピードの向上によって情報の陳腐化、消費が凄まじく進む状態になっている事もやはり意識せざるを得ません。
現代では類似、競合するサービスが次々と出現しやすい状態にあり、今は顧客からすればとても選べないほど豊富な選択肢が用意されているのだなと感じます。その新しい情報を常に浴びせられる事で興味や関心、価値観さえも移ろいやすくなっている顧客の変化を知らず、自身の過去の知見だけを頼りにものづくりをすることは余りにも無謀ではないかな、と思うのです。
ご注文はお決まりですか?
今日、デザインの範疇は意匠やUIだけを対象とした狭義のデザインだけではなく、UXから始まる広義のデザインもその対象としています。
UIをデザインする上で「使いやすさ:ユーザビリティ」を向上させるという目的であれば、これまでの経験によって洗練された知見を活かしつつ、世の中で提供されているUIを研究する事である程度のクオリティを担保する事は可能です。
かたやUXをデザインして行こうという事になれば、前段のような環境の中で世の中に既にあるもののコピーではサービスとして成功させるのは難しいでしょう。
何によって他者(社)との違いを出し差別化するのか?自分達だからこそ顧客に提供できる体験とは何なのか?が重要になって来ている訳ですから、模倣の域を出ないのであればその評価は正直期待出来ません。
顧客体験のクオリティが問われている以上、本当に顧客に満足される価値を提供できるのか、知見や一般論だけでものづくりを行なっても、それが市場で秀でたものとして評価されるのか、と考えてみるとそれはとても危ういのではないかと感じます。
そんな行き詰まりを突破する為に顧客の利用状況を知る事、すなわち調査(リサーチ)の結果をインプットする事は、あなたのチームならではのアウトプットを実現させる事に貢献するはずです。
よくHCD導入とまでは言わずとも、プロジェクトにおいて顧客の現状把握という、言わば準備段階に適切な時間が割かれない状況をデザイナーたる私は非常に残念に感じます。こう感じるのは必ずしも私のようなデザイナーに限らない話で、相手の事を意識したものづくりの分野に携わる方であれば当たり前の事なのではないかと思います。
顧客の現状を把握出来ていないと言う事は、例えばレストランで料理人が注文を受けない、お客様が何を食べたいのか、またどういった味付けが好みなのかも分からないまま調理をするようなものなのではないのかと。
そして注文を受けたとしても、それを作る為の食材が揃っていなければお客様の望むものを提供して満たすことは出来ないという判断にも繋がっていきます。
経験を積み熟練した料理人であれば、作ろうと思うものに対して今材料は何が足りていて、足りていないものは何で、必要と考えられるものは何なのか、そして自身のスキルでどれだけのものが作れるか等々、置かれている状況を正しく認識する習慣が身についているはずです。
創造してごらん
デザインという分野は料理人の料理に比べれば、ごく最近に注目されるようになった分野ですし、今でもデザインという言葉自体の氾濫によって実際にデザイナーが何を行なっているのか、一般的な認知度も高いとは言えません。
時に依頼側からは、デザイナーには注文をつけるだけで「希望通りのものを仕上げてくる人たち」のように捉えられている事も多く、デザイナーもそれがデザインであるという感じで収まってしまっているような場面も依然として存在しています。
その状態はいわば狭義のデザインだけの世界、とても視野の狭い世界に依頼者とデザイナーがお互いに閉じ込められてしまったかのように見えないでしょうか。
しかし、ものづくりの現場で最もクリエイティビティに可能性があり、重要視されるのは、どれだけより良い体験価値を顧客に提供できるか、という方向性を定める広義のデザインの段階であり、そこにはデザイナーを含め、逆にデザイナー以外のメンバーが多く参画しているはずなのです。
製品・サービスの開発に入る前には必ず要件定義の工程がありますが、UXデザイン的な観点から言えば、その製品・サービスでどのような体験を実現するのか、要件さえも束ねて要となるコンセプトを策定するという重要な工程にあたるのです。
このように書くと「え、そうなの?」と今までそんな事は意識して居なかったという方や、クリエイティビティという言葉から、デザインよりも更に自身から縁遠い事に感じられてしまう方も多いかもしれません。
実際、ものづくりの現場でコンセプトを策定する工程がかなり疎かにされているように私は感じますし、コンセプトを策定するとなると多くの方がどうやって行うのか、何を決めるのか、イメージが出来ないでいるのかな?と思われるシーンに遭遇する事が多々あります。
なぜそんな状況なのか?主たる要因としては多くの方が日頃取り組んでいる事をあくまでも組織内における業務として捉えていて、顧客に向けたものづくりをしているという感覚からおよそ遠ざかってしまっているからなのかも知れません。
おわりに
これまでUXデザイン、HCDプロセスでの調査・分析をテーマに書いて来ましたが、ご自身でもデザインに興味を持たれていた方や、既に業務の推進に対して閉塞感を持たれていた方にとって何かの役に立っていれば幸いに思います。
とは言え、今まで行った事のない考え方、デザイン的なプロセスを業務に導入しようとすると、周囲をどの様に説得すれば良いのか、導入する事自体に障壁が生まれてしまうのかも知れません。
もし、幸いにもあなたがプロジェクトをマネジメントする立場であれば、是非HCDのエッセンスを取り入れて、わずかでもそこに時間を確保した計画を立案する事をお勧めいたします。
HCDは人(顧客)を中心に据える事で、誰もが共感出来てそこにある障壁を打破するフレームワークとして導入する事が出来るものだとも思いますし、顧客の実態を把握し整理した上で、既にある知見や技術と結合して何を顧客に提供するのか、というものづくりの本質的な部分を示してくれているものだと思います。
「ビジネスに役立つデザイン」としてはここで一区切りという事になりますが、引き続きデザインまわりのネタで書いて行きますので、また宜しくお願いします!