
こんにちは越川です。 突然ですが、皆さんは「ネガティブケイパビリティ(Negative Capability)」という言葉を聞いたことがありますか? 僕は最近この言葉を知ったのですが、調べてみると、1800年代の詩人ジョン・キーツが提唱した概念だそうです。
かなり昔の言葉ではあるものの、その意味を知って、「これって、変化の激しい令和の今こそ、我々現代人に求められる必須スキルなんじゃないか?」と強く感じるようになりました。
そこで今回は、このネガティブケイパビリティについて、令和の現代においてどのような意味を持つのか、私なりの解釈を交えて考察してみようと思います。
ネガティブケイパビリティとは
ネガティブケイパビリティとは、直訳すると「負の能力」となりますが、意味合いとしては「答えの出ない事態に耐える力」を指します。
「事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中に留まることができる能力」
これは、19世紀のロマン派詩人ジョン・キーツが提唱した概念です。
彼が生きた時代は、産業革命や啓蒙思想が広まり、「理性」や「科学」によってすべての正解を導き出そうとする風潮が強まっていました。
しかしキーツは、安易に白黒をつける「せっかちな知性」を危惧し、「不確実なものを、不確実なまま受け入れる力」こそが、真の創造性には必要だと説きました。
普段の仕事では、基本的には「課題解決」が求められます。「問題が起きたら対処する」「目標が決まったら実行する」。このように、素早く行動する能力(=ポジティブケイパビリティ)が重要視されているのもまた一つ事実かと思います。
しかし、ネガティブケイパビリティはその真逆を行く考え方です。 分からない状態、宙ぶらりんな状態にあえて留まり続ける力。
一見すると非効率に見えますが、なぜこれが令和の現代において必要なのでしょうか。

なぜ令和の時代にネガティブケイパビリティが求められるのか
最大の理由は、世の中の課題が「複雑化」し、選択肢や考慮点が増えたことではないでしょうか。 最近では生成AIの台頭もあり、調べればすぐ分かる、むしろ答えをダイレクトに教えてくれる時代になりました。
一方で、使うAIによって回答が違ったり、最終的に説得すべきは人間だったりと、「果たして何が一番良いのか?」が、逆に分かりにくくなっているとも感じます。 変数が多すぎる現代において、過去の経験則だけで「これが正解だ」と早急に結論を出してしまうのは、リスクが高いです。
だからこそ、生成AIや様々なコンテンツが出す「もっともらしい答え(How)」に飛びつかず、 「そもそも前提は合っているか?」「この決定のコストを誰が負うのか?」 といった、答えのない問い(What/Why)の前で踏みとどまる力。
この、AIが代行できない「迷い」のコストを引き受ける力こそが、 AI時代における人間の、代替不可能な価値になっていくのだと思います。

ポジティブケイパビリティとの対比
ネガティブケイパビリティという言葉は、一見すると「決断力がない」「優柔不断」といった、ネガティブな印象を持たれがちです。 その真価を理解するためには、対になる概念である「ポジティブケイパビリティ」と比較すると分かりやすいです。
「解決する力」と「耐える力」
ポジティブケイパビリティとは、従来のビジネス現場で評価されてきた「問題を解決する力」のことです。 知識やロジックを駆使して、物事を前に進める力。私たちが普段「優秀さ」としてイメージするのは、ほとんどがこちらでしょう。
では、なぜ今あえて「ネガティブ(負)」の能力が注目されているのでしょうか。 それは、「すぐに答えを出そうとする姿勢」だけでは対処できない問題が増えているからです。
キーツは、不確実な状態に対して、安易に理屈付けをして「分かった気になる」ことを危惧しました。 拙速に白黒をつけるのではなく、モヤモヤとした中間地点に留まり続ける。
その中ではじめて見えてくる「本質」や「新しい可能性」がある。 つまりネガティブケイパビリティとは、単なる受動的な態度ではなく、よりよい選択肢に辿り着くための、創造的な忍耐力なのです。
二つの能力の使い分け
ここで一番伝えたいのは、「ポジティブかネガティブか、どちらか一方ではない」という点です。 重要なのは、この二つを状況に応じて使い分けること。
ビジネスの現場では、フェーズによって求められるモードが明確に異なります。
| 能力の種類 | 具体的なシーン | 役割・行動 |
|---|---|---|
| ネガティブケイパビリティ (探索・保留) |
・企画の初期段階 ・前例のないトラブル対応 ・新しいアイデア出し |
安易な答えに飛びつかず、本質的な課題を見極める |
| ポジティブケイパビリティ (実行・解決) |
・方針決定後の実行フェーズ ・手順が明確な作業 ・締め切り直前の追い込み |
スピード感を持って成果を出す |
ずっと悩んでばかりでは何も完成しないし、何も考えずに手だけ動かすと、間違った方向に全力疾走しかねません。
早急に決めるところは決める。 拙速に決めないところは、あえて時間をかける。 この意図的な使い分けこそが、令和の時代に求められる「対応力」なのかなと思います。

具体的な実践方法
では、ネガティブケイパビリティという考え方を、実際の仕事でどう活かせばいいのか。 私が意識しているポイントを、大きく3つに整理してみます。
1. あえて白黒をはっきりさせない
仕事をしていると、ついつい白か黒かをつけたくなりますよね。
ですが、複雑な状況下では、リーダーですら明確な答えを持っていないことがほとんどです。 そんな時、「決まっていないからダメ」と切り捨てるのではなく、
「A案もあるし、B案もあり得る。今はあえて決めずに、一旦走りながら反応を見てみよう」
といった具合に、グレーな状態を受け入れて前に進むことが重要だと思います。 これは決して優柔不断なのではなく、より良い選択に辿り着くための、戦略的な判断保留です。
また、個人だけでなく、チーム全体で「すぐに答えを出さなくていい」という共通認識を持つことも大切です。 いきなり結論を求めるのではなく
- まずは課題の洗い出しをする
- 論点を共有する
- 段階を追って議論を深める
といったプロセスを許容する文化があるほど、ネガティブケイパビリティがより効果を発揮すると感じています。

2. 一次情報をあえて浴びる
分からないことがあると、つい検索やAIで「分かりやすい答え(二次情報)」を求めてしまいます。 それらは理解しやすい反面、誰でも辿り着ける、コモディティ化した正解であることも少なくありません。
一方で、
- 生のエラーログ
- 現場のオペレーション
- 顧客や運用担当者の声
といった一次情報は、整理されておらず、一見しただけでは本質を掴むのが難しい場合も多いです。
ですが、あえてこの「カオスで整理されていない一次情報」の中に留まり続けることでしか見えてこない、高い解像度の事実や、自分だけの気づき(Insight)があるはずです。
安易な要約や結論に逃げず、生の情報と向き合い続ける。これも、ネガティブケイパビリティの重要な実践の一つだと思います。
私自身、何かを判断する際には、なるべく多くのステークホルダーに話を聞くようにしています。 企画した人、開発したアプリ担当者、インフラ担当者、運用担当者。
同じプロダクトでも、立場が違えば見えている世界はまったく異なります。 これらの一次情報を多角的に集めることで、自分の視野が広がり、結果として、より納得感のある判断ができるようになると感じています。

3. 発散と収束を意図的に切り替える(時間設計)
ネガティブケイパビリティを発揮する上で、非常に重要なのが「いつまで悩むのか」を明確にすることです。 一生悩み続けていては、当然、仕事になりません。 重要なのは、発散(ネガティブ)と収束(ポジティブ)を意図的に切り替えることです。
例えば、探索フェーズでは、
- 必ず複数の選択肢を用意する
- メリットだけでなく、デメリットも洗い出す
- 技術、コスト、納期、運用など複数の軸で検討する
といった形で、思考をできるだけ広げます。
その上で有効なのが、期限(タイムボックス)を決めることです。
「来週の月曜までは徹底的に悩む(発散) でも、火曜からは仮説を決めてプロトタイプ作成に移る(収束)」
このように時間で区切ることで、「悩み続ける不安」ではなく、成果につなげるための、健全な迷いに変えることができます。
生成AIを使う場合も、答えを即座に求めるのではなく、
- あえて逆の意見を出させる
- 複数の視点をぶつける
- 色んな生成AIモデルに同じ質問をぶつけてみる
といった発散を助ける壁打ち相手として使うと、収束フェーズでの決断の質が格段に上がると感じています。

日常生活でできる「耐性」の鍛え方
ここまで仕事での実践方法を書きましたが、いきなり業務で「分からなさに耐えろ」と言われても、普段からロジック(論理)で考える癖がついている私たちには、精神的にキツイ部分があると思います。
だからこそ、プライベートでは「意識的に論理(ロジック)を止める」訓練が必要です。 常に答えを求め続ける脳のスイッチを意図的に切り、あえて「フィーリング」だけの時間を過ごす。これが仕事における「耐える力」の土台になります。
1. お笑いを見る
これは個人的にすごく良い訓練だと思っているのですが、「理解できない世界観」を楽しむことです。
先日、たまたま「野性爆弾 くっきー!」さんが中学生に向けて替え歌を披露するネタを見ました。 脈絡のない歌詞に、予想の斜め上を行く奇抜な展開。目の前で見せられている中学生たちは、あまりのカオスぶりに理解が追いつかず、真顔でポカンとしていました。
これをロジック(ポジティブケイパビリティ)で解釈しようとすると、「なぜこの歌詞なのか?」「この演出の意図は?」と混乱してしまいます。 そうではなく、「訳がわからないけど、なんか面白い」と解釈を放棄して、そのカオスな状態そのものを楽しむ。 お笑いといっても色んな種類がある思いますが、こういうのもネガティブケイパビリティの訓練なのかなと感じました。
2. 現代アートや抽象画を鑑賞する
芸術も同じです。美術館に行って、すぐに解説文(答え)を読まずに、作品をじっと見てみる。 「これは何を書いてるんだ?」とモヤモヤする時間をあえて長くとってみる。
すぐに意味を求めず、作品から受ける印象だけを味わう行為は、正解のないビジネス課題に向き合う姿勢と驚くほど似ています。
3. 自然やコントロールできないものに触れる
焚き火を眺めるとか、ペットと過ごすとかもそうです。 そこにはビジネスのような「合理的な理由」や「効率」は存在しません。自分の思い通りにならないもの、言葉で説明しきれないものと同じ時間を共有する。
こういった「意味を求めない時間」を持つことが、結果として仕事における「分からなさへの耐性」を育ててくれる気がしています。

さいごに
私たちは、正解のないVUCAの時代を生きています。 先行きが見えない不安から、つい物事を単純に考えたり、一発で全てを解決してくれる「銀の弾丸」を求めたくなってしまう気持ちは、誰にでもあると思います。
けれど、そんな魔法のような解決策は、現実にはなかなか存在しません。
すぐに「分かったつもり」になって安心するのではなく、 「銀の弾丸はないんだ」と割り切って、目の前のモヤモヤとじっくり向き合ってみる。
その「耐える時間」こそが、ジョン・キーツの言わんとした「ネガティブケイパビリティ」であり、 令和の時代を生きる私たちが大切にすべき、しなやかな強さなのかもしれませんね。